大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)12号 判決

東京都千代田区丸の内3丁目2番3号

原告

株式会社ニコン

代表者代表取締役

小野茂夫

訴訟代理人弁理士

永井冬紀

同復代理人弁理士

山本晃司

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

川嵜健

中村友之

井上元廣

吉野日出夫

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成3年審判第22217号事件について平成4年11月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「カメラの自動焦点検出装置」と題する発明(後に、「カメラの自動合焦装置」と補正、以下「本願発明」という。)について、昭和56年6月22日、特許出願をしたところ、平成2年7月25日、出願公告された(平成2年特許出願公告第33126号)が、特許異議の申立てがあり、平成3年8月23日、拒絶査定を受けたので、同年11月20日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第22217号事件として審理した結果、平成4年11月30日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成5年1月20日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「撮影レンズを透過した被写体光を所定の開口相当F値を有する焦点検出装置に導き、該開口相当F値によって制限された被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、フィルム面に共役な面との差に相当するピントずれ量を検出し、それぞれ異なった球面収差を有する複数の撮影レンズの各々が着脱可能なカメラの自動合焦装置であって、前記開口相当F値によって制限された被写体光にて形成される被写体像の最良像面が、装着される撮影レンズごとに異なるカメラの自動合焦装置において、

カメラに装着された撮影レンズから、該撮影レンズの球面収差に関連した信号を受信する受信手段と;

前記撮影レンズの絞りが少なくとも開放或いはその近傍に制御された場合に撮影レンズ透過後フィルム面上に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、前記焦点検出装置の開口相当F値に制限された被写体光にて形成される被写体像の最良像面との差に相当する、カメラに装着された撮影レンズごとに異なるピント補正量を、前記受信手段からの信号に基づき出力する補正量発生手段と;

前記ピントずれ量と前記ピント補正量とを加算して出力する補正信号出力手段と;

前記撮影レンズを駆動するためのモータと;

前記補正信号出力手段の加算出力がゼロになるように前記モータの作動を制御するモータ制御手段とを有し;

絞り開放状態で前記ピント補正量を加味した焦点調節動作を行えることを特徴とするカメラの自動合焦装置。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和55年特許出願公開第111928号公報(以下「引用例1」といい、引用例1記載の発明を「引用発明1」という。)には、「対物レンズを透過した赤外光を瞳分割光学系を経て検出素子に導き、該瞳分割光学系を経た赤外光にて形成される被写体像の最良像面と、フィルム面に共役な面との差に相当するピントズレ量を検出し、赤外光にて形成される被写体像の最良像面と可視光による最良像面とのズレが各々異なったズレを有する複数の対物レンズの各々が着脱可能なカメラの自動合焦装置であって、

カメラに装着された対物レンズから、該対物レンズの赤外光にて形成される被写体像の最良像面と可視光による最良像面とのズレに関連したレンズシフト量krを受信するメモリと;

前記対物レンズ透過後フィルム面上に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、前記赤外光にて形成される被写体像の最良像面との差に相当するカメラに装着された対物レンズごとに異なるレンズシフト量krを、前記メモリからの信号に基づき出力するコントロール回路と;

前記対物レンズを駆動するためのモータと;

前記ピントズレ量が前記レンズシフト量krに一致するように前記モータの作動を制御するコントロール回路とを有し;

たカメラの自動合焦装置。」が記載されている(別紙図面2参照)。

昭和56年特許出願公開第9728号公報(以下「引用例2」といい、引用例2記載の発明を「引用発明2」という。)には、「撮影レンズが有する球面収差によって生ずる絞りの変化による焦点位置の変動を補正して、撮影レンズを合焦させる焦点補正機構つき光学装置」が記載されている(別紙図面3参照)。

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、

a 引用発明1の「対物レンズ」、「瞳分割光学系」、「検出素子」、「メモリ」、「モータの作動を制御するコントロール回路」は、本願発明における「撮影レンズ」、「所定の開口相当F値」、「焦点検出装置」「受信手段」、「モータ制御手段」に相当する。

b 引用発明1の「レンズシフト量kr」は、交換される撮影レンズ各々において、「前記開口相当F値」によって制限された赤外光によって形成される被写体像の最良像面と、撮影レンズ透過後フィルム面上に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面との差に相当するズレに対応した撮影レンズごとに異なるレンズシフト量であり、本願発明における「ピント補正量」に実質的に相当するものであると認められる。これにより、引用例1における前記「レンズシフト量krを、前記メモリからの信号に基づき出力するコントロール回路」は、本願発明における「補正量発生手段」に相当するものであると認められる。

c したがって、上記両発明は、「撮影レンズを透過した被写体光を所定の開口相当F値を有する焦点検出装置に導き、該開口相当F値によって制限された被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、フィルム面に共役な面との差に相当するピントズレ量を検出し、複数の撮影レンズの各々が着脱可能なカメラの自動合焦装置において、

カメラに装着された撮影レンズから、該撮影レンズに関連した信号を受信する受信手段と;

前記撮影レンズ透過後フィルム面上に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、前記焦点検出装置の開口相当F値に制限された被写体光にて形成される被写体像の最良像面との差に相当する、カメラに装着された撮影レンズごとに異なるピント補正量を、前記受信手段からの信号に基づき出力する補正量発生手段と;

前記補正量発生手段による補正量によって前記モータの作動を制御するモータ制御手段とを有し;

たカメラの自動合焦装置」

である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1;本願発明においては、補正量発生手段は、各々異なった球面収差を有する撮影レンズから該撮影レンズの球面収差に関連した受信手段からの信号により撮影レンズの絞りが少なくとも開放あるいはその近傍に制御された場合に生ずる球面収差による焦点位置の変動を補正するためのものであるのに対し、引用発明1の補正量発生手段は、各々異なった撮影レンズから、該撮影レンズ透過後フィルム面上に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面と、赤外光にて形成される被写体像の最良像面との差に相当する各々撮影レンズごとで異なったレンズシフト量krを受信手段から受信し、これを出力している点

相違点2;本願発明においては、ピントずれ量とピント補正量とを加算して出力する補正信号出力手段を有して、これをゼロとするように撮影レンズを駆動しているのに対し、引用発明1においては、ピントズレ量がレンズシフト量krになるように撮影レンズを駆動するためのモータを作動させている点

(4)  各相違点について判断すると以下のとおりである。

相違点1;引用発明2においては、撮影レンズが有する球面収差によって生ずる絞りの変化による焦点位置の変動を補正しており、撮影レンズの絞りが少なくとも開放あるいはその近傍に制御された場合に生ずる球面収差による焦点位置の変動を補正することは、本出願前の公知技術である。

したがって、引用発明1の受信信号として、引用発明2の撮影レンズの球面収差に関連した情報を受信するようにし、本願発明のように、撮影レンズの絞りが少なくとも開放あるいはその近傍に制御された場合のピント補正量を出力するように構成することに格別の困難性は認められない。

相違点2;カメラにおける自動合焦装置の合焦信号として、ピントズレ量とピント補正量とを加算してゼロとするか、ピントズレ量をピント補正量に相当する値を採用するかは、該信号がいずれも等価なものであり、相違点2において本願発明のように構成することは、当業者が適宜選択し得た設計的事項にすぎない。

そして、本願発明の奏する作用効果も引用発明1及び同2から容易に予測し得る程度のものである。

(5)  以上のとおり、本願発明は、引用発明1、2から当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)aのうち、引用発明1の「メモリ」及び「モータの作動を制御するコントロール回路」と本願発明の「受信手段」及び「モータ制御手段」との対応関係は争うが、その余は認める。同bは争う。同cのうち、本願発明と引用発明1が、審決摘示のようなカメラの自動合焦装置であり同摘示のような受信手段を備える点で一致すること及び各相違点が存在することは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、相違点2についての判断は認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、引用発明1の「レンズシフト量kr」の技術的意義の理解を誤り、これと本願発明の「ピント補正量」が実質的に相当すると誤った判断をした結果、上記判断を前提として、引用発明1の「メモリ」、「レンズシフト量krを、前記メモリからの信号に基づき出力するコントロール回路」、「モータの作動を制御するコントロール回路」が本願発明の「受信手段」、「補正量発生手段」、「モータ制御手段」にそれぞれ相当するとし、これらの点において両発明が一致すると誤認して相違点を看過し、また、相違点1についての判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

引用発明1の「レンズシフト量kr」が本願発明の「ピント補正量」に実質的に相当するとした審決の判断は誤りである。

本願発明は、〈1〉撮影レンズを通過した光を焦点検出装置に導く自動合焦装置では、焦点検出装置の開口相当F値と、実際にフィルム露光がなされるときの撮影レンズのF値の相違によってピントずれが発生すること、〈2〉上記焦点検出装置の開口相当F値は、各種交換レンズの絞り開放状態での射出瞳により焦点検出光束がケラれることを防止するために、いきおい大きく設定せざるを得ずしたがって、実際にフィルム露光がなされるときに撮影レンズの絞りが開放又はその近傍に制御された場合には特に大きなピントずれ量が発生すること、の各点を撮影レンズを通過した光を焦点検出装置に導く構成を採用した自動合焦装置に固有の問題点として認識し、かかる問題点を解決する手段として「補正量発生手段」を構成したものである。

一方、引用発明1の「レンズシフト量kr」の意義について検討すると、引用例1には「ここにkrはピントズレΔに相当するシフト量(j)に等しく」(3頁右上欄3、4行)、「上記実施例においては第11図に示すように赤外光33によるピント面34と可視光35によるピント検出面36との間にズレΔが生じ、赤外光による測距では可視光によるファインダー、フィルムとのピントズレが発生する。そこで、本発明の第2実施例では上記実施例においてコントロール回路23が赤外光による撮影時には前述と同様に動作するが、自然光による撮影時には第8図のステップ(19)(20)の判断基準を0から第12図の如くkrに変えることによって合焦位置をピントズレΔに応じて補正する。ここにkrはピントズレΔに相当するシフト量(j)に等しく、交換レンズ毎にレンズよりカメラ側に伝えてコントロール回路23に入力する。」(3頁左上欄13行ないし右上欄6行)とそれぞれ記載され、また、その第11図(イ)に対物レンズ1が開放F値にあるときを基準として、赤外光33によるピント面34と可視光35によるピント面36とのズレ量Δが、ピントズレとして記載されているだけであり、対物レンズの開放F値と瞳分割光学系の開口相当F値とが一致しないとき、対物レンズの開放F値でなく、あくまで瞳分割光学系の開口相当F値を基準として「レンズシフト量kr」を算出すべきことを窺わせる記載は全くない。

確かに、引用例1の第3図において、対物レンズ1の射出瞳の両端の領域12A、12Bを通過した結像作用光線が瞳分割光学系5を経て検出素子SAi、SBiに導かれている点に着目すれば、引用発明1では対物レンズ1の開放F値と瞳分割光学系5による開口相当F値とが一致するため、対物レンズの開放F値を基準として「レンズシフト量kr」を決めることが、焦点検出装置の開口相当F値を基準として「レンズシフト量kr」を求めることにもなる。しかし、このことから直ちに焦点検出装置の開口相当F値を基準として「レンズシフト量kr」を求めるという技術的思想が開示されているとすることはできない。何故なら、撮影レンズの「開放F値」と焦点検出装置の「開口相当F値」とは全く異なる概念であり、撮影レンズの交換可能なカメラでは、撮影レンズの「開放F値」がレンズ毎に異なるのに対して、焦点検出装置の「開口相当F値」は各種撮影レンズの「開放F値」より大きい一定の値となり、両者は明確に区別されなければならない。そして、既に指摘したように、引用例1において、対物レンズの開放F値と瞳分割光学系の開口相当F値とが相違する場合について言及するところがないばかりか、本願発明が問題とした前記の問題点〈1〉、〈2〉についての認識を示す記載も全くない。

以上によれば、引用例1には、前記第3図をもってしても、焦点検出装置の開口相当F値を基準として「レンズシフト量kr」を求めるとの技術的思想は開示されていないものといわざるを得ないから、審決が引用発明1の「レンズシフト量kr」の算出について「前記開口相当F値によって制限された赤外光によって形成される被写体像の最良像面」を用いるとした認定は誤りである。

したがって、本願発明の「ピントずれ補正量」と引用発明1の「レンズシフト量kr」が一致するとし、この一致を前提として、本願発明の「受信手段」、「補正量発生手段」、「モータ制御手段」が引用発明1の「メモリ」、「レンズシフト量krを、前記メモリからの信号に基づき出力するコントロール回路」、「モータの作動を制御するコントロール回路」にそれぞれ一致するとした認定も誤りである。

(2)  相違点1の判断の誤り(取消事由2)

引用発明2は、撮影レンズを透過した被写体光をピント合わせに利用せず、撮影レンズとは別個独立に構成された光学系で被写体像を観察して被写体までの距離を検出し、その検出結果に基づいて撮影レンズの位置を調節するカメラを対象とするものである。そして、引用発明2における技術的課題は、撮影レンズを透過した被写体光をピント合わせに利用しないカメラに固有のものである。すなわち、引用発明2では、フィルム面に導かれる被写体像と、ピント合わせ用の受光手段Xに導かれる被写体像とが互いに別個独立の光学系L1、L2にて形成される。このため、撮影レンズL1の絞りSが絞りS’に変化し、それに伴って被写体像の最良像面PがP’に移動しても、受光手段X側に形成される被写体像は何も変化しない。したがって、距離計Rで検出した被写体距離と撮影レンズL1の位置との関係を撮影レンズL1のF値にかかわりなく一定に固定すると、撮影レンズL1の特定のF値でしかピント合わせができないことになるそこで、引用発明2においては、このようなピントズレΔを解消するために、距離計Rと撮影レンズL1との連動関係をF値に応じて変化させたものであり、ピントズレΔの発生要因はあくまでも撮影レンズを透過した被写体光をピント合わせに利用しない点にある。換言すれば、引用発明2が問題とするピントズレは、距離計側に撮影レンズのF値で制限された被写体光を導くことができない点に根本的な要因があるのである。

したがって、引用発明2が撮影レンズの球面収差に起因するF値毎のピントズレの補正を目指す点において本願発明と結果的に共通する点を有するとしても、前述のように引用例2に、焦点検出装置の開口相当F値そのものを収差補正の絶対的な基準として認識する必要性が開示されていない以上、引用発明2を本願発明の技術的課題について開示も示唆もない引用発明1と組み合わせて、本願発明の相違点1に係る構成を想到することはできず、したがって、相違点1についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

一般にカメラの自動合焦装置は、撮影レンズを透過した被写体光を焦点検出装置に導き、被写体光にて形成される被写体像の最良像面の位置とフィルム面の位置の差に相当するピントズレ量を検出してこのピントズレ量だけ撮影レンズを駆動して、フィルム面上に被写体光の最良像面を形成しようとするものである。

しかしながら、カメラの焦点検出装置は、瞳分割光学系によって、撮影レンズの開放F値より大きな(サイズとしては小さい)「開口相当F値」によって被写体光を制限している(この点について審決は、引用発明1の「瞳分割光学系」が本願発明の「所定の開口相当F値」に相当するとしている。)。また、カメラの焦点検出装置は、被写体光の一部の光である赤外光を焦点検出のために用いる場合もある。このことは、本出願前において極めて自明の技術的事項である。

したがって、以上の条件に制限された本願発明及び引用発明1の各カメラの自動合焦装置においては、自動焦点検出装置において形成される被写体光の最良像面は、「開口相当F値」と光の色による制限を受けるためにフィルム面上で形成される被写体光の最良像面とは異なったものとなる。これは、フィルム面上で形成される被写体光の最良像面が撮影レンズを透過後形成されるのに対し、焦点検出装置で形成される被写体光の最良像面が撮影レンズ透過後、赤外光のみを用い、これが「開口相当F値」によって制限された上で形成されていることによるものである。

赤外光は、「開口相当F値」によって球面収差も生じているから、フィルム面上の最良像面と焦点検出装置の最良像面とは、球面収差と色収差が合わさった収差によるズレが生じる。このズレは、焦点検出装置において最良像面を形成しても、フィルム面上ではF値が異なること及び光の色が異なることによって最良像面が形成されていないことに起因するものであり、このピントズレを更に撮影レンズを駆動することによって補正するものである。そして、この補正は、「開口相当F値」によって制限された赤外光が焦点検出装置上で最良像面を形成している状態で行われ、この状態を基準としてズレを補正しているのである。このズレ補正量が、本願発明における「ピント補正量」であり引用発明1における「レンズシフト量kr」にほかならない。

以上のように、引用発明1における「レンズシフト量kr」も本願発明における「ピント補正量」と同じく、「開口相当F値」を基準としており、撮影レンズの球面収差による焦点位置の変化をも補正するものであるから、両者が一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用発明1の焦点検出装置に導かれる被写体光にて形成される被写体像の最良像面が「開口相当F値」の制限を受け、かつ、球面収差を生じた上で形成され、この最良像面を基準として撮影レンズを駆動してフィルム面上に最良像面を形成しようとするものである点において本願発明と何ら異ならないものであることは前項に述べたとおりであるすなわち、本願発明も引用発明1も、共に、焦点検出装置に導かれる赤外光は焦点検出装置に自ずと構成される「開口相当F値」の制限を受けて焦点検出装置に到達するのであり、いわば、赤外光が「開口相当F値」によって形成した最良像面が形成され、このとき赤外光は「開口相当F値」によって受ける制限のために球面収差が生じている。一方、フィルム面で形成すべき最良像面は、赤外光とは異なる色の被写体光によるものであり、これを制限するF値も「開口相当F値」とは異なるために、焦点検出装置における最良像面とは異なるものとなる。このため、最良像面の差によって「ピント補正量」又は「レンズシフト量kr」が必要となる。すなわち、焦点検出装置では、赤外光により最良像面を形成したとき、フィルム面上では、上記のような差のためピントが合っておらず、更に撮影レンズを駆動してフィルム面上でピントが合った状態にする必要がある。したがって、「開口相当F値」により制限された焦点検出装置でピントが合った状態であっても、更に撮影レンズを駆動する必要があるという点では、本願発明も引用発明1も差異がない。

ところで、本願発明は球面収差のみに着目し、これを「ピント補正量」によって補正しているのに対し、引用発明1は、球面収差と色収差が合わさった収差(この点については乙第4号証参照)に起因する焦点検出装置とフィルム面上の最良像面のズレを補正しようとするものである点で相違するため、審決は、引用発明2を引用して、球面収差のみを補正することが本出願前公知であることを示し、これを引用発明1に適用することは何ら困難ではないことを示したものである。もっとも、引用発明2が、距離計の基準F値と撮影レンズのF値が異なれば、球面収差によるピントズレが生ずることから、これを撮影レンズのF値に応じて補正しようとするもので、この場合、距離計もカメラ固有の基準F値を有することは、原告主張のとおりである。

しかし、このように、引用発明2は、カメラの距離計のF値と撮影レンズのF値が異なることによって生ずる球面収差に起因するピントズレを補正することが公知であることが示されており、このことはとりもなおさず本願発明における焦点検出装置の「開口相当F値」と撮影レンズのF値が異なることによって生ずる球面収差の問題であり、引用発明1における受信信号として球面収差と色収差が合わさった収差に関する信号ではなく、引用発明2のように球面収差のみに関する信号を受信するようにして本願発明のように構成することに格別の困難性はないから、相違点1についての審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3並びに本願発明と引用発明1との間に審決摘示の各相違点が存在すること及び相違点2についての審決の判断は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第4号証(本願発明の出願公告公報)及び同第5号証(平成3年12月18日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。

本願発明は、撮影光学系の焦点検出を正確に行うことができるカメラの自動焦点検出装置に関する発明である(前記公報2欄10行ないし12行)。撮影レンズを通過した被写体光を焦点検出に利用する焦点検出光学系においては、所定の開口相当F値が存在する。これに対し、撮影光学系のF値は手動制御あるいは自動制御によって露光のたびに異なり、このF値によって最良像面の位置が変化する。したがって、上記の焦点検出光学系の開口相当F値と撮影光学系のF値が異なる場合には、撮影光学系の最良像面位置とフィルム面の位置とがずれて正確なピント合わせを行うことができない(特に絞り開放時には焦点検出系の開口相当F値との差が大きいので、このような誤差の影響が大きい。)という問題点があった(2欄17行ないし3欄13行)。本願発明は、上記の問題点の解決を課題として、要旨記載の構成を採択したもので(3欄14行ないし17行)、この結果、正確にピントの合った撮影を可能にする自動焦点検出装置を得るものである(12欄32行ないし37行)。

3  取消事由について

(1)  取消事由1

〈1〉  被告は、瞳分割光学系に所定の開口相当F値が存在し、これが撮影レンズのF値と異なることは本出願前自明の技術的事項であり、この点は当然の技術的前提であると主張するので、まず、上記の点に関する本出願前における技術水準について検討する。

成立に争いのない乙第1号証(昭和55年特許出願公開第126221号公報)には、「焦点検出光学装置」と題する発明に関し、「さて、光電素子4の上端受光面4a、中心受光面4c及び下端受光面4bに入射する光束を、逆にこれら受光面から再結像レンズ3を介して対物レンズ1の射出瞳に投影してみると、第1図示のようになる。即ち、上端受光面4aについてみれば、・・・このa1、a2、a3;c1、c2、c3の開きは再結像レンズ3の有効Fナンバーによつて決るもので略同じ大きさである。・・・対物レンズの瞳径が小さいときには光束の一部が対物レンズ1の上端部においてケラレて、下端受光面4bにはb1、b2、b3の開きを成す光束しか入射しないことになる。」(2頁右上欄5行ないし左下欄3行)、「本発明の目的は、対物レンズの瞳径の大きさに起因するケラレの悪影響を除去し、正確に焦点検出できる焦点検出用光学装置を提供することである。」(2頁右下欄3行ないし6行)との記載が認められる。また、同乙第2号証(昭和55年特許出願公開第115019号公報)には、「合焦検知装置」と題する発明に関し、「ところで、このような瞳分割式合焦検知装置においては、通常、第7図および第8図に示すように、一対の光電素子アレイが一列に配置されている。したがって、その瞳分割角θFは固定されたものになっている。」(2頁左下欄9行ないし13行)、「しかしながら、カメラ等においては、Fナンバーの異なる交換レンズを使用することがたびたびあり、また、絞り調整すれば、Fナンバーも相対的に変化する。したがって、定められたFナンバーよりも大口径で同じ焦点距離の撮影レンズを装着した場合、通常ならばθFが大きくなって検知精度が高くなるはずであるが、θFが固定されているので、検知精度が上がることはない。また、定められたFナンバーより小口径の撮影レンズを装着したり、撮影レンズの絞りを絞り込んだ場合、分割された測距用の光線が、対応する光電素子に正しく受光されないので、合焦検知が不能になる。」(同欄下から3行ないし右下欄13行)との記載がある。さらに、同乙第3号証(昭和55年特許出願公開第144211号公報)には、「カメラの焦点検出装置」と題する発明に関し、「従来、カメラその他の光学機器のための自動的あるいは半自動的な焦点検出装置が種々提案されている。その一つとして、撮影レンズの瞳像を複数個に分割して、複数個の光電素子を配置し、その出力を比較演算して焦点を検出するようにした装置が知られている。・・・このようなタイプの焦点検出装置にあつては、瞳像を受光する光電素子は、使用する撮影レンズのF値によって定まる瞳像の大きさによってその位置が制限されることになる。従つて、F1.8の明るさのレンズにおける受光素子の位置と、F4の明るさのレンズにおける位置とは、瞳像の大きさがF値によつて異なることになる。このようなタイプの焦点検出装置は、いわゆるTTL測光方式と同様に撮影レンズを透過した光束を利用できるので、多数の交換レンズを備えた一眼レフレツクスカメラへの適用が考えられる。しかるに、このようなカメラに使用される交換レンズは、例えばF1.2~F8にわたる広い範囲の開放F値を有しているので、上述した制限があると、使用する交換レンズが限られてしまうという欠点がある。」(2頁左上欄2行ないし右上欄12行)、「この発明は、焦点検出用レンズの瞳像をほぼ対称な位置において受光する複数対の光電素子を使用する交換レンズの開放F値に応じた瞳像の大きさの変化に対応する如く配置し、交換レンズに設けた開放F値伝達部材によって光電素子の対を選択するようにカメラの焦点検出装置を構成することによつてこの問題を解決した。」(前同欄下から5行ないし左下欄3行)との各記載が認められる。

以上の各記載によれば、撮影レンズを通過した被写体光を利用して焦点を検出するカメラにおいては、焦点を検出する光学系(瞳分割光学系)に、受光素子の配置等によって決定される一定のF値(開口相当F値)が存在することこのため、使用する撮影レンズの開放F値が開口相当F値より小さい場合には、ケラレ現象が生じて、焦点検出ができなくなること、の各知見が開示されており、かかる知見は上記各発明の前提をなす技術的事項とされていることは明らかである。そして、上記各刊行物の刊行時期並びに各開示内容及びその共通性に照らすと、上記の各知見は、本出願前において、当業者に周知の技術的事項であったものといって差し支えがないというべきである。

〈2〉  そこで、次に引用発明1の技術内容について検討する。

引用例1に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがなく、この争いのない技術的事項によれば引用発明1においても、撮影レンズ(対物レンズ)を透過した被写体光(赤外光)を瞳分割光学系を経て焦点検出用の受光素子(検出素子)に導いている以上、開口相当F値を有することは明らかであり、これに前項の周知技術を踏まえると、引用発明1も瞳分割光学系における開口相当F値の存在を当然の技術的な前提としているものと解するのが相当である。

そこで、進んで、引用発明1における「レンズシフト量kr」の技術的意義について検討すると、上記「レンズシフト量kr」が、対物レンズの赤外光にて形成される被写体像の最良像面と可視光による最良像面とのズレに関連したものであることは当事者間に争いのない引用例1の前記記載から明らかであるところ、成立に争いのない乙第4号証(愛宕通英著「カメラとレンズの事典」昭和40年12月10日株式会社日本カメラ社発行)によれば、レンズの鮮鋭さを害する原因には、「色収差」、「球面収差」、「コマ収差」、「非点収差」等の各種の収差があるところ、「色収差」は、光の色、すなわち、光の波長によって屈折の角度が異なることから、各色毎に焦点が異なるために生じる収差であり、「球面収差」は、球面を成す凸レンズの角度の違いから、光軸近くに沿って入る光線の焦点とレンズ周縁部に入る光線の焦点が異なるために生じる収差であること、したがって、球面収差と色収差は収差を生ずる原因を異にするものであり、「色収差」は同時に「球面収差」を生じ、各収差の補正が必要となること(56頁80図(二)参照)、以上の各事実を認めることができるところ、上記各事実は、上記の刊行物の刊行時期及び刊行物の事典としての性格からみて、既に、引用発明の出願前においても当業者に周知の技術的事項であったものとみて差し支えがないというべきである。

〈3〉  そこで、〈1〉及び〈2〉に認定の本出願前周知の技術的事項を前提として、引用発明1の技術的意義について検討する。

成立に争いのない甲第2号証によれば、引用例1には、「この第1実施例においては第3図に示すように検出素子7が光センサーSA。・・・よりなり、瞳分割光学系5はピンホール、スリット、レンチキュラー、はえの眼レンズ(小レンズ群)よりなる。そして瞳分割光学系5により対物レンズ1の射出瞳12が分割されて射出瞳12の一部12A、12Bを通過する対物レンズ1の結像作用光線がA群の光センサーSA。・・・B群の光センサーSB。・・・に対応して入射する。」(2頁左上欄5行ないし14行)との記載が認められ、この記載によれば、引用発明1においても、瞳分割光学系を用いた焦点検出を行っている以上ケラレ防止の観点から、当然所定の開口相当F値を有することは明らかであり、そして、当事者間に争いのない引用例1の前記の記載によれば、瞳分割光学系を透過して焦点検出に利用される光は赤外光であるところ、上記の開口相当F値によって制限された赤外光についても、当然に球面収差を生ずるものであることは前記認定の収差に関する周知の技術的事項から明らかである。そして、前掲甲号証によれば、引用例1には「上記実施例においては第11図に示すように赤外光33によるピント面34と可視光35によるピント検出面36との間にズレΔが生じ、赤外光による測距では可視光によるファインダー、フィルムとのピントズレが発生する。そこで、本発明の第2実施例では上記実施例においてコントロール回路23が赤外光による撮影時には前述と同様に動作するが、自然光による撮影時には第8図のステップ(19)(20)の判断基準を0から第12図の如くkrに変えることによって合焦位置をピントズレΔに応じて補正する。ここにkrはピントズレΔに相当するシフト量(j)に等しく、交換レンズ毎にレンズよりカメラ側へ伝えてコントロール回路23に入力する。」(3頁左上欄13行ないし右上欄6行)との記載を認めることができ、この記載によれば、赤外光と可視光の違い、すなわち波長の違いに基づく収差である色収差の補正を行っていることは明白であり、しかも、前記のとおり、引用発明1の赤外光においても開口相当F値の制限を受けた球面収差が存在することは前記認定の瞳分割光学系の構成から明らかである以上、前項に認定した収差に関する周知技術に照らすと、球面収差の補正に関する明示的な記載こそ存しないが、色収差のみを補正し、球面収差を行わない合理的理由は見いだし難く、当然、球面収差の補正も合わせて行っているものと解して差し支えがないというべきであり、この場合、開口相当F値を基準として補正を行うことは当然である。

〈4〉  したがって、以上によれば、引用発明1においても焦点検出系には開口相当F値が存在し、かつ、開口相当F値を基準として球面収差の補正を行っている以上、引用発明1の前記ピントズレΔに基づくレンズシフト量krが本願発明のピント補正量に一致するとした審決の認定に誤りはなく、そうすると、この両者が一致することを前提とした審決のその余の一致点の認定にも誤りはないというべきであり、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2

原告は、引用発明2が撮影レンズの球面収差に起因するF値毎のピントズレの補正を目指す点において本願発明と結果的に共通する点を有するとしても、引用例2に、焦点検出装置の開口相当F値そのものを収差補正の絶対的な基準として認識する必要性が開示されていない以上、引用発明2を本願発明の技術的課題について開示も示唆もない引用発明1と組み合わせて、本願発明の相違点1に係る構成を想到することはできないから相違点1についての審決の判断は誤りであると主張する。

そこで、この点を検討すると、前項に説示したように、引用発明1は、開口相当F値を基準とした球面収差の補正を行っているものと理解し得る以上、審決が相違点1を摘出した趣旨は、引用発明1においては、同時に色収差を合わせ行っている点において、球面収差のみを行う本願発明と相違するとの趣旨であることは明らかである。すなわち、審決が本願発明と引用発明1との相違点1として摘出した点は、本願発明が球面収差のみを行うとの点であり、球面収差の補正に当たり、開口相当F値を基準として行うとの点は、前項に説示したとおり、両発明の一致点として認定したとおりであるから、この点に関する原告の主張は審決が摘出した相違点1の趣旨を正解しないものといわざるを得ない。

したがって、相違点1は、球面収差のみの補正を行う構成の想到困難性であるところ、引用発明2が球面収差のみの補正を行うものであることは原告の自認するところであるし、既に、前項の〈2〉に認定した各種収差の発生原因等に関する本出願前周知の技術的事項に照らせば、球面収差を含む各種の収差はその発生原因を異にするものである以上球面収差のみを補正の対象として取り上げたとしても何ら不思議はなく、引用発明1において引用発明2を適用して相違点1に係る本願発明と同一の構成を採用することを格別想到困難であったとすることができないことは明らかである。

したがって、相違点1についての審決の判断に誤りはないというべきであり、取消事由2も理由がない。

(3)  以上の次第であるから、審決に原告主張の違法はなく、審決は正当というべきである。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例